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2014年4月25日 (金)

ぶった斬りナイト7の来場謝辞と、反省点

4月22日(火)、阿佐ヶ谷ロフトAにて催された「ビジネス書ぶった斬りナイト7」。おかげさまで、たくさんの方にご来場いただきました。まことにありがとうございました。

今回は「自己啓発書」がテーマだったわけですが、イベント本編では、盛り上げたい意識が先立ち、漆原はちょっとばかり、自己啓発ディスが前面に出すぎてしまったかなと反省しております。

身も蓋もない自己啓発書に対する嫌悪など、批判的な意識はもちろん僕のなかにありますが、だからといって、全面的にクソだ……と言いたいワケでもないのです。ただ、イベントでの立ち位置は、誤解されても仕方ないところがあったかなと思います。

『ビジネス書を読んでも~』で書いたことと重なる部分も多いですが、漆原のスタンスを、改めて列記してみます。

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●スピリチュアル臭・ニューエイジ臭が過剰だったり、お花畑感が過剰だったり、ネットワークビジネス的なヘボ詭弁が過剰だったり、「成功! 金儲け! 自己実現!」など下品な煽りで充満しているような自己啓発書は論外。

●古典的自己啓発書の焼き直し、パクリだったりするものも多い。そういうのは、あえて時間を割いてまで読む必要もない。どうせ読むなら、原典である自己啓発書を読むほうが絶対に糧になる。

●信頼できる(正統派の、古典的な)自己啓発書は、人間が広く古来から持ち続けてきた心の有り様や理想、悩み、対人関係の秘訣などについて、普遍的な真理を語っている。つか、だからこそ長らく読み継がれてきた。

●なので「これを読んで年収10倍アップ!」「これで人間関係の悩みはぜんぶ解決」「対人関係において、いつもマウントポジションを取れるようになる」etc.といった、下品で胡散臭い煽りをふりまわして言いくるめるようなエセ自己啓発書ではなく、信頼できる古典的な自己啓発書を、畑に養分をジワジワと染み込ませるようにして読むのは悪くない。折りに触れて読み返したりしつつ、じっくり付き合うほうがいい。

●自己啓発が悪いのではなく、自己啓発的なマインドをネタに搾取ビジネス(信者ビジネス)をしたりするような輩、自己啓発の文脈を逆手に取り、臆面もなくあざとい商売を展開するような手合いが、猛烈に胡散臭いのが悪い、ともいえる。

●また、意識高い系に代表されるような、自己顕示欲ダダ漏れ野郎が自己啓発文脈に触発されているのは痛々しい。「感謝」を連発したりして、“爽やかでポジティブなオレ/アタシ”アピールのために、自己啓発の考え方を上っ面だけなぞる。そんな上滑り気味で底の浅い手合いは、だいぶ気持ち悪い。

●自己啓発(とくにアメリカ型のポジティブシンキング原理主義的なもの)は、もともとが宗教(キリスト教「ニューソート」)から派生している側面が強いので、見方によってはどうしても胡散臭さや眉唾感が醸されてしまう一面がある。

●心がすごく弱っていたり、救いを求めていたりすると、どうしても帰依するように耽溺してしまうことも。これも、自己啓発の生い立ちを考えるとやむを得ないこと。

●自己啓発の文脈や世界観に絡め取られてしまうのではなく、一定の距離を保ちながら、ビジネスパーソンの教養として、雑学ネタとして、単純に読み物として楽しむくらいの意識で接してみるといい。古典的な自己啓発書には、歴史上の偉人のエピソードなどをフックに教えを語っているものも多いので、トリビア集や偉人の逸話集のように読むこともできたり。

●そうしたなかで、自分の考え方や生き方について、たま~に思いを巡らせてみることもある……くらいの温度感が、いちばん収まりがいいのでは。
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いろいろと至らないところも多く、不調法ではございますが、今後とも「ビジネス書ぶった斬りナイト」をよろしくお願いいたします。
(漆原直行)

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